ここは冬のカナダ。
僕と妹は、学生にしかできない気楽な旅を楽しもうと、飛行機を乗り継いで意気揚々とやってきた。
……はずだった。
時刻は朝の8時前。カナダ観光一日目ということもあって気合を入れて早起きをしたのだ。時差ボケという見方もある。
かれこれもう1時間ほど歩いているが、僕らは揃って凍えそうだった。気温はマイナス13度。完全に冬のカナダをなめていた。
観光できる場所なんて、もちろんどこも開いていない。
万事休す。
僕たち兄妹は手を取り合って、互いの最期の言葉さえ述べ始めた。
その時、暗闇の中に一筋の光が見えた。
「あぁ、お兄ちゃん、あそこに暖かそうな家が見えるよ」
「違うさ妹よ、あれは神様が見せてくれた最期の幸せな幻さ」
……とはならず、僕たちは目にも留まらぬ速さでそのカフェに入った。
「一杯の温かいコーヒーを。否、温度があれば何でもいい」
そのくらいの気分で、僕はコーヒーを注文した。
その時僕は、コーヒーが2,000円までなら払う用意があった。
そのくらい、凍えていたのだ。
実際は500円だったけれど。
その上、店員のおじさんがなんとも気のいい人だったことも、僕の心を和ませた。
嬉しい事にそのお店はドリンクの種類も豊富で、妹はメープルのスコーンとキャラメルのかかったカフェラテを注文していた。
僕たちにとって、その店で飲んだコーヒーは忘れられない味となった。
Willingness to pay(支払意志額)とは
上記の話は、私がカナダに旅行した際に実際に起こった話を少し脚色したものです。
Willingness to pay(支払意志額)という言葉、マーケティングを勉強された方ならお聞きになったことのある方もいらっしゃるかと思います。
これはかなり昔からある概念で、要するに甲子園球場のビールは高くても売れる、というのと同じ原理です。
今回のケースで行くと、1杯500円というコーヒーの値段は、決して安くはありません。
今の時代、安くて美味しいコーヒーは街に溢れかえっています。
ほら、最近ではコンビニのコーヒー戦争が始まったようですし。
個人的には、セブンイレブンのコーヒーが最高だと思います。
あぁ、コーヒーが飲みたくなってきてしまいました。
ちょっと下のキッチンでコーヒー作ってきます。
お待たせしました。(ついでにクッキーつまんできました)
そう、家で作ったら、原価なんてほぼタダに等しいのです。
それなのに、カナダでの「僕」はコーヒー1杯に2,000円も支払う用意があった、と言っています。
たとえコーヒーが500円であろうと、気持ちの上では1,500円も得をしたように感じているのです。
今回のケースはやや極端ですが、このように顧客の支払意志額の中に収まる範囲で価格を設定することが大切なのです。
価格ではない満足の創出
ちょっと掘り下げてみてみましょう。
もしこのコーヒーが290円だったとしても、彼の満足度はさほど変わらなかったと思いませんか?
なぜなら、彼は凍えた体で、「なにか温かいものを暖かいところで飲む」という欲求を達成することに重きを置いていました。
そして、1杯500円のコーヒーは、その基準をすでに満たしていました。
なにしろ彼は2,000円を支払っても良いと考えていたのですから、その中に収まっていれば価格はもはや問題ではありません。
このWilling to pay(支払意志額)を引き上げることができれば、お店側は嬉しいですね。
だって厳しい価格競争にさらされなくてもいいんですから。
ただし顧客の支払意志額は顧客が決めるものですので、お店側が設定することはできません。
そこでお店にできることは何でしょう?
考えられることは、「自分の商品の価値が高まる場面を知っておく」ことではないでしょうか?
この場合、それは「立地」「時間」になるかと思います。
「立地」とは、周りに競合店が少ないだとか、熱いコーヒーが重宝されるような寒さの厳しいカナダにあることだとかです。
「時間」とは、まだ他の店が空いていない朝早くから店を開けることだとかです。
ぜひ、この文章を読みながら皆さんのお店のケースに当てはめて考えてみてください。
お客さんを選ぶ、という勇気
「コーヒーに2,000円も支払う人なんて、彼ぐらいだ」という反論が、聞こえてきそうです。
確かに、私も2,000円のコーヒーには手が出ません。
しかし、1,000円ならどうでしょう?
800円なら?
500円なら、かなり人数が増えるのではないでしょうか?
ここで大切なのは、Willing to pay(支払意志額)が低すぎる人に合わせて価格を無理に下げる必要はないということです。
価格以外の自店の商品の価値をしっかり踏まえた上で、適切な価格を見極めるのも、店長の大切な仕事です。
「俺が倍の値段払うからさ、もうちょっとお客さんの数が減るように値上げしてくれよ。こんなに混んでちゃ、せっかくのコーヒーの味がわからない」なんて言う常連さんも出てくるかもしれませんね。
〜おまけ〜 さらなる満足度向上、リピーターづくりには
とは言っても、競合店や地域属性調査、価格改定などは手間がかかりますよね。
商品の種類を増やすのも大変でしょう。
そこで、すぐにでもできるちょっとしたことで、自店の魅力をアップさせましょう。
上の話にもヒントはありました。気づかれましたか?
そう、「店員のおじさんがなんとも気のいい人だったことも、僕の心を和ませた」です。
お客さんに心からの笑顔で接すること。(マニュアルじゃないですよ!)
人と人でつながること。
効率を求める社会で忘れがちな、いちばんいちばん大切なところです。
ちょこっとだけ、考えてくださると嬉しいです。
ではでは、また次回(^^)