マクドナルドの失敗から学べること

マクドナルドの業績悪化が止まらない。日本マクドナルドの既存店売上高は、17ヶ月連続で前年同月比を下回っており、ここ数ヶ月は−20%を超えている(2015年6月時点)。昨年の7月に発覚した期限切れ鶏肉使用問題により消費者離れが決定的になったわけだが、実はそれ以前の経営戦略に大きく2つの問題点が潜んでいたようだ。

価格戦略

日本マクドナルドは、1971年藤田田氏により設立され、手頃で美味しいハンバーガーと「QSC+V(Q:Quality、S:Service、C:Cleanliness、V:Value)」という概念を徹底させた経営を武器に、瞬く間に日本の外食産業の頂点へと登りつめた。

しかし、1990年半ばから2002年にかけて、相次いで値下げを敢行した。ハンバーガーを平日限定で通常の半額である65円で販売したり、59円まで値下げしたのだ。売上高は増加し当時は「デフレの勝者」ともてはやされたが、実はこの値下げが失敗であった。なぜなら「マクドナルドのハンバーガー」というブランドイメージを壊してしまったからだ。従来、「マクドナルドのハンバーガーを食べに行く」ことが消費者の目的であったが、「安く空腹を満たす」ための手段に成り下がったのである。多様化する外食産業のなかで強い商品力を誇っていたマクドナルドだったが、相次ぐ値下げによって崩れてしまったのである。

現場のオペレーション管理

2002年、日本マクドナルドは創業以来初の赤字に転落した。2004年には、そのマクドナルドを改革する使命を負って、藤田田氏から原田泳幸氏にバトンタッチする。藤田氏が日本式経営とすれば、原田氏は米国式経営だ。米国マクドナルドで成功した事例を日本に間髪入れずに導入していった。その結果、業績はV字回復するが、その効果は一時的なものに過ぎなかった。

 原田氏の経営で一番問題だったことは、現場のオペレーション力を低下させた数々の施策である。それは例えば、店舗部門の従業員(臨時雇用者数は除く)一人あたりの店舗数を見てみるとよく分かる。原田氏が加わった直後の2004年は、一人当たりおよそ1店舗である。しかし原田氏が退く2013年には、一人当たりおよそ1.5店舗になっている。即ち、一人でいくつかの店舗を管理する状況になってしまったのだ。これにより店長(社員)は多忙を極め、現場における「QSC+V」がおろそかになってしまった。また、現場で働くアルバイト(クルー)に目が行き届かなくなることで、頑張って働いたアルバイトが正当に評価されにくくなってしまった。こうして、消費者が求める清潔感や居心地の良さが損なわれていったと考えられる。

マクドナルドの失敗から学べること

第一に、現場の人間を大事にする仕組みを構築することだ。現場がなければ経営は成り立たない。負担の分散や、正当な評価ができる状況をきちんと作ることが不可欠である。第二に、安易に価格を下げないことだ。無論業界ごとに採りうる価格戦略は多様だが、低価格競争で持続的に成功した企業の事例はほとんどない。商品力・ブランド力を生み出す努力を続けることこそが重要である。コラム 挿絵

参考:日本マクドナルドHP(http://www.mcdonalds.co.jp/

ライター:表 悠司